シプサで、数理論理学との接続ポイントをやったところで感じたこと。
「論理学をつくる」はとてもよい本だと思うのです。
日頃慣れ親しんでいる日本語に潜む構造と、形式的な論理言語の構成を丁寧にマッチングして組み立てていきます。
しかし、しかしかもしれません。
日本語をその観点で分析するのが、なんだかそのこと自体が難しい気がするのです。シプサのように、数学的言明を対象に一階述語論理(のさわり)を理解するのは何故か比較的簡単でした。
自然言語を対象として論理学を考えるときは、「論理学をつくる」の理解は越えなければいけない最初の壁ですが、計算機を対象として論理学を考えるときは、別の入口があるかもしれない、と感じました。その後で、「論理学をつくる」をやった方がいいかもしれない、ということです。
雑感でした。
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